文明と森

紀元前3000年頃繁栄していたシュメール(メソポタミア)文明は世界で最も古い文明の一つと言われております。しか し、19世紀以降、考古学調査が進むまで砂漠の中に忘れさられていました。チグリス・ユーフラ テス川に囲まれた肥沃な土地に野生の小麦を栽培し、安定した食料の供給が都市文明の基礎となったシュメール文明も土木・建築・造船等の技術の発達に伴って 人口が増加し森林が伐り開かれ大量の木材が消費されたため洪水・干ばつが続き文明は滅亡したと言われています。

約5000年前人類最古の文字で記録された叙事詩「ギルガメシュ」には、都市国家ウルクの王ギルガメシュがレバノンスギの森林を伐採する姿が綴られており 人間が自然を征服しようとする姿が象徴的に描かれています。  また、現在では、荒涼とした中国の黄土高原も紀元前5000年頃迄は、鬱蒼とした森林地帯であった事が現在の研究で解っています。この黄土高原に源を発す る中国の大河「黄河」の名前が歴史書に現れるのは、秦に続 く漢の時代からです。陶器・青銅器・鉄器の文明発達が進んだ秦の時代以降、大量の燃料を必要とし、急激な森林破壊が進みました。この結果として、土砂の流失が始まり、大河を黄色に染め現在までも続いています。

紀元前221年に国家を統一した秦の始皇帝は、大規模な宮殿造営や運河の開削等の大事業を行いました。中国 の古都、西安にある秦の始皇帝陵では現在解っているだけで約8000体に及ぶ等身大の兵馬桶が発掘されてい ます。直径が1メートルに及ぶ大径の坑木に覆われて発掘された兵馬桶は当時この地域が森林地帯であった事を 物語っています。現在では、この坑木に使用できるような森林は西安周辺には存在しません。

さ て、我々の地球は、表面積の3分の1が陸地、この陸地の3分の1が森林になっています。しかし、今から5000年の昔には、陸地の3分の2が森林でありま した。人類はこの間、森林の半分と引き換えに文明という豊かさを領受して来ましたが、これでよかったのでしょうか。自然を征服するのではなく自然と共生す る。

私共の住む東濃地方は、岐阜県の田舎ですが幸いに面積の8割を占める森林(主にヒノキ)に囲まれています。木が成長しただけ利用する。伐った分だけ植える。自然の循環の中で共生し人の生活と自然を結ぶそんな仕事を 木KeyPointは目指します。

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